歴女な娘と歴史嫌いな私

今でこそ、特別支援教育一筋な教員の私ですが、大学時代は、教育学部社会科専攻でした。社会科と言ってもいろいろあります。私が一番好きなのは地理でした。

教育学部を卒業すると、もれなく教員免許が取得できます。社会科専攻だと中学と高校の社会系の免許が取れます。

中学の免許は、その名も「社会」です。社会科全般を教える免許です。ところが、高校の免許は2種類あって、どちらか好きな方を選びます。「地歴」か「公民」」です。地理が好きな私はもちろん「地歴」の免許を取ろうとしたのですが・・・、「地歴」。そうなんです。地理にはもれなく歴史が付いてくるのです。

私は歴史がからっきし苦手です。

どうして歴史が苦手かというと、実は私、歴史不要論者です。

あまり大きな声で言うと、他の社会の先生から怒られそうなので、いつも心の内に秘めているのですが、歴史学って、嘘臭くて信じられません。

そのため、大学では「地歴」の免許はあきらめ、「公民」の免許を取りました。研究室は「法律学」研究室に入りました。

「法律学」研究室では、裁判についても学びます。現代の日本の裁判において、事実と認定されるためには、様々な証人や証拠が必要となります。疑う余地のあるものは証拠として採用されません。そんなことをさんざん勉強して、遠くから歴史学を眺めると、歴史の教科書に載っていることのほとんどは、証拠不十分で事実として認定されません。第2次世界大戦後の証人が多く存在する現代史の一部のみが、事実として認定されるでしょう。

例えば、織田信長は本当に存在したのか。誰が証明できるでしょうか。あっちこっちの歴史書に同じような記述があるから間違いない、なんて、本当にそう言い切っていいの?誰か、本物を見た人いるの?

今、富士山が大噴火を起こして、日本全土が灼熱の火山灰に埋まり、太陽から強烈な磁気嵐が襲ってきたら、千年後の人々に何が残るでしょうか。磁気データは全て消え、残るものは、地下から発見される漫画喫茶の漫画かもしれません。日本のあちこちから「こち亀」が発掘されます。北は北海道から南は沖縄まで、全国の広い範囲で「両さん」に関する記述がある書物が見つかり、亀有からは銅像も発掘されれば、間違いなく「両さん」という豪快な人物が当時天下を統一していたということになるでしょう。

歴史学なんてそんなものだろなぁ・・・と、私は考えてしまうのです。

ところが、今、中1の我が娘が歴史にはまっています。

ここで私の歴史不要論を押しつけては、せっかくの歴史好きを台無しにしてしまうので、ぐっと我慢をしているのですが、どうしてまぁ、親子でこんなにも趣味が違うものかと驚きます。

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今日も↑こんな本を読んでいました。中身はほとんど漫画ですが、けっこう分厚くて私は見る気がしません。

立派な歴女となって、将来私を論破してくれる日を楽しみにしています。

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歴女な娘と歴史嫌いな私 への21件のフィードバック

  1. 匿名 より:

    信長がいなかったことの証明が、「いるという事実が完璧に証明されていないから」ということのみなら難しいと思います。

    • honestypianoman より:

      う~ん、そういうものかなぁ・・・。
      私は、信長はいたかもしれないなぁとは思っていますが、今の裁判を実際に傍聴すると、事実として認められる可能性はほぼゼロだと思われます。それぐらいシビアです。
      同じ「社会科」というくくりの中で、法律学的なものの見方と、歴史学的なものの見方では180度違うことになります。そこがおもしろいなぁという記事でした。

      • 匿名 より:

        そういうことだったのですね。
        「事実が完全に証明されていないからaとは言えない」という無知に訴える論証なのかなと思ってしまったので。

      • 匿名 より:

        すみません、コメントを送ったのは確証されていない学問は胡散臭いものとう記事内容だと思ったので送らせていただきました。
        その説が本当に正しいのかと検証していく姿勢はどの学問でも同じかと思います。
        ただ、胡散臭いから不要だと思考停止してしまうのはどうなのかなと思ったのです。
        例えば進化論とか、ビックバンとかはすべて証明されたわけではないですが、だからといって生物学や天文学が不要とはならないかなと。

        • honestypianoman より:

          コメントありがとうございます。
          そうなんですよ。いつもそれで他の社会科の仲間からお叱りを受けています。
          もっと広い視野が必要です。
          いろいろな角度からのご意見をいただくことで、未熟な自分の考えも熟成されていくと思うので、とても嬉しいです。
          今後もいろいろな記事へ、コメントよろしくお願いします。

          • 匿名 より:

            コメント何度もすみません。ただ一つ気になったことがあったので。
            裁判で事実としての可能性はゼロ、シビアだと書かれていましたが、それは裁判では期日までに結論を出さなければならないからでは?最初のコメントに無知に訴える論証(または未知論証)と書きましたが、事実を完全に証明できないとき、裁判ではその誤謬を証明責任として、一方に不利益が生じるようになっていると思います。
            ただ、学問の場合、新たな証明が出るまでは、その説は保留するものだと思います。検証待ちみたいな。
            私は、短い期間で論議され、最後は裁判官一人の主観によって決まるほうが胡散臭い(笑)、と思います。

          • honestypianoman より:

            謝らなくて良いですよ。とても勉強になります。
            私は社会科の免許を持った教員です。
            理科や数学は、仮説を証明していく学問だと思います。
            文学、芸術といった分野は意味を読み解いたり、感性を磨いたりする学問だと思います。
            社会科には、地理、歴史、考古学、倫理学、経済学、法律学などなど、性格が異なるいろいろな分野が含まれています。
            それらが全てまとめて社会科として教えられているので、専門分野が違う教師にとっては、「う~ん?」となってしまうのです。
            私は個人的に、自分の目で答えが確かめられる地理が好きです。
            歴史が大好きな娘は、最近城めぐりをしています。
            城には地理の要素も多く含まれるので、ついちょっかいを出しては、ウザがられています。

  2. 匿名 より:

    法律学の視点からの歴史学の違いという点についてさらに意見が聞きたかったのですが・・・、すみませんコメントの内容が分かりにくかったですね。

    • honestypianoman より:

      私自身が法律学の視点を持っているかは疑問ですが、ブログ本文に歴史学は嘘臭いと書いたのは、歴史学者が史実の検証をあまり重要視していない所にあると思います。
      もちろん、史実の検証に時間を割いて努力している方もいらっしゃるのですが、膨大な歴史的事実と言われていることに対して、一部であったり、ごく少数であったりします。
      教師は、歴史の教科書に書かれていることを、子どもたちに教えるのが仕事です。
      間違っているかもしれないことを、「教科書に書いてあるから正しいんだ」と教えるのはなんだか気が引けます。
      そして、社会科の学生の中で、私のようなことを言う人はほとんどいませんでした。
      歴史学は、事実であるかどうかを証明する学問ではなく、古い書物をどう読み解くかという、文学に近い学問のようです。
      そのため、実際に歴史の教科書は、少しずつ記述が変わっていきます。
      聖徳太子に関する記述は、10年前の教科書よりもずいぶんあいまいな記述に変わりました。
      タイムマシーンができて、「社会の先生が教えてたこと、ずいぶんデタラメだったな」って言われるのが恐ろしいです。

      • 匿名 より:

        うーん、私自身教科書に書いてることが正しいなんて思ったことがなかったので、先生方がそれに対してどうなのかなと考えていることが驚きでした。今の学説上、こういうことが知られているみたいな感覚でしょうか。また、歴史の教科書じたい本当はもっと膨大な資料があると思いますが、文字としての規制もあって、教科書には必要最低限のことしか書かれていないのかなと・・・。資料集とか補足資料多かったですよね。
        ですので、デタラメだったなんて思いもしなかったです。というか、教科書に載っていることはすべて正しいことなんだと思っていたほうがやばかったと思います。(もちろん、正しいことなんだと教えるほうも。ただ、思い返してみてもそういう先生がいなかったので。)
        また、史実の検証についてですが、文献のみの資料に偏っているということでしょうか?これについてもどの分野についておっしゃているかわかりませんが、どの年代なのか自体の検証は科学的にも行われているのではないでしょうか。これ自体も、どんなことなら事実認定が確定するかという議論になるかと。裁判では証言も有効な根拠として使われますが、これもある人にとって見れば、裁判で本当のことを証言する人などいないと、信用に欠ける印象を与えるかと。

        また、教科書の記述が変わっていることに関してですが、それって地理の教科もそうではないでしょうか?というかデータなので、日々変化するのは当然なのですが・・。世界の人口数、貿易輸出額のランキング、銀行の取引額ランキング、世界動向によって変わっていきますよね?また背景に歴史が絡んできますよね?また変化すること自体歴史になっていきますよね?

        • honestypianoman より:

          ウホッ!!3連コメントありがとうございます。
          このところなかなかコメントがなかなかつかなくて切ない思いをしていたので、本当に嬉しいです。
          実生活でも、こんなに真面目に議論することはなかなかないので、ブログを続けていて良かったと思います。
          世間に教科書に書いてあることが正しいとは思わない人がたくさんいてくれれば、社会科の先生も苦しまなくて済むのですが、現実はなかなか厳しいです。
          しかも、教科書に書いてあることをどれだけ理解できているかで、子どもたちを評価しなければならないので、さらに話は複雑で面倒です。
          地理の教科書が変化していくことは、おっしゃる通りです。常に最新の情報にアンテナを向けなければなりません。
          でも、お金と暇さえあれば、何が起こっているのか、どうしてそうなるのか、自分の目で確かめに行くことができるのが一番の魅力です。
          そして、実際に自分の目であちこち見て歩いた先生の地理の授業は面白いです。歴史を熱く語る先生とは、説得力が違います。

      • 匿名 より:

        コメント連投すみません。
        デタラメ~という方は、新しい事実が発見されたときに、発見された事実が妥当か調べようともしない人なのかなと思いました。
        個人的には受け身学習してた人なのかなと。
        ですので、もしそういう人がいても気になさらないほうがいいかと。学習の責任を教師が全て負うわけではないと思います。
        たぶん、そういう人は自分ができないことを棚に上げて、無根拠に批判しているだけだと思うので。

        • honestypianoman より:

          そう言っていただけると、先生達も救われます。
          でも、なかなか教師への風当たりも強く、無茶苦茶言われて病んでしまう先生がいるのも事実です。
          タイムマシーンは、完成したとしても、史実の確認には使わない方が良いかも知れませんね。

  3. 匿名 より:

    法律学の視点から~というのは記事の内容と、コメントで裁判ではシビアだと書かれていたことから、意見をお持ちなのかなと思ってしまったので。
    刑法、民法、憲法のどの視点からおっしゃっているのかさらに聞きたかったのです。
    すみません。

    • honestypianoman より:

      学生時代は労働法が専門の教授のゼミで学びました。
      学生だったので、労働法と言われても、ピンとこなかったのですが、今ならもっと真面目に学べたかも知れません。
      裁判の傍聴は、学生寮と裁判所がわりと近かったので、気が向いたときに聴きに行きました。
      特別に一つの事件を追って傍聴した訳ではありませんが、テレビドラマで見るものよりも、裁判官も弁護士も検察官も、ゆっくりと穏やかに話していたのが印象的でした。
      なんか応えになっていなくてすみません。

      • 匿名 より:

        そうだったのですね。
        第二次大戦~という文章やシビア等のコメントから歴史認識についての裁判例でもやっていたのかなと思ってしまったので。で、それってどの法によってなされるのかなと。民法、刑法、憲法というか特別法みたいなのがあるのかなと。
        労働法、うーん、それが歴史の検証とどうつながるのでしょうか?

        • honestypianoman より:

          残念ながら、労働法は歴史の検証と直接的には繋がりません。
          関係しそうなのは民事訴訟法か刑事訴訟法あたりだと思われます。
          「歴史的事実 証明」でググると、いくつか書籍が出てきます。
          そういった書籍で謳われる史実の証明方法と、民事訴訟法や、民事裁判の判例集から読み取れる証明方法はまったくの別物です。(目的が違うのであたりまえですが)
          ちょっと前に、有名な考古学の教授が、発掘現場で自分の手から土器等を出して捕まりました。
          その時は、発掘されたものについて、科学的に検証されましたが、そういうことが起こらなければ、現在の裁判所で、歴史上の史料について検証される機会はほとんど無いと思います。
          一度でいいから、史実によって不利益を被っている人が裁判を起こして、「こんなのデタラメだ」「名誉毀損だ」と訴えてくれたら、面白いだろうな(興味深いな)と密かに思っています。その時はきっと仕事をサボって傍聴しに行くことでしょう。

          • 匿名 より:

            なるほど、歴史認識で調べると、東京裁判や教科書問題についてしか出てこなかったので。軍事司法という特別なものや憲法しかないのかなと。
            民事訴訟法だと国というよりは個人間でのやり取りでしょうか?
            発掘現場で~というのは旧石器のねつ造問題のことでしょうか?
            史実によって不利益を被っている人というのは最初の信長~うんぬんの話からはかなり違った話になったかなと。
            マイノリティ側からの歴史認識についてということでしょうか?

          • honestypianoman より:

            今の裁判所で、史料の検証が行われる可能性を考えると、史実によって誰かが不利益を被っているのでそれを訴えるというのが、一番可能性があるかなと思いました。
            何の事件性も無いのに「信長は存在したのか」を裁判所で検証することは、どういうシチュエーションなのか、考えにくいです。
            とは言っても、歴史学では多方面から解釈が進められるので、誰かが史実によって一方的に不利益を被るというのも、まずないでしょうね。
            ひょっとすると、社会科の教師たちが「今まで間違ったことを子どもたちに教えさせられてきた」と国に対して集団訴訟を起こす可能性の方が・・・ないだろなぁ。
            私の小さい脳みそで絞り出す限りでは、やっぱり今の裁判所が史料の検証を行うことは夢物語です。

  4. 匿名 より:

    分かりました。
    記事内容やコメントでの可能性ゼロやシビアという見解は、過去の裁判例からこういうふうに考えられるということではないのですね。
    法律学視点から見ると~というのは過去の裁判例に沿ってということではなく、あくまで独自の見解ということですね。
    歴史学に関してはたぶんに構造主義の影響が強いのかなと思いました。

    • honestypianoman より:

      そうですね。私の知る限りでは(そんなには知りませんが・・・)史料を検証する判例は見たことがありません。
      歴史教科書裁判は過去にいくつかありますが、有名な家永裁判などを見ても、主な争点は教科書検定のありかたであって、史料の真偽ではありません。
      私の独りよがりな推論でしかありませんね。

      でも、こうやって、ああでもないこうでもないと考えることで、久しぶりに自分が社会科の教師だったことを思い出せました。
      たくさんのコメントをいただき、ありがとうございました。

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